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2013.10.05 Saturday

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2010.02.28 Sunday

土鍋団

 

先週は特に電車に乗ってる時間が多かった。
東京、京都、名古屋、岐阜、滋賀、大阪。

車窓から、建物のガラスを見てその種類を考えたりするし、
知らない土地にある小さな池を見て「この池は魚がたくさん釣れそう」
と考えたりもする。
2010.02.25 Thursday

怪人手配師

100215_0911~01.jpg 

最近、酔っ払って間抜けなことが多い。

先の金曜は、大学の友人たちと大阪で呑んで、
出張帰りだったからでかいカバンをコインロッカーに預けてたんだけど
それを忘れて手ぶらでタクシーで帰宅。
そのタクシーでもマフラーとペンを落とした。

昨晩は、仕事で客先社長と二人だったけど、
後半はウトウトして生返事ばっかりだった。
せっかく面白い人だったのに、内容も忘れてしまった。

どーしょーもないなー。


それはそうとお酒といえば、
以前にも紹介した書働家のセツくんが活躍してて嬉しい。
日本酒のラベルデザインにも採用され、来月、発売予定だそう。
カジュアル書のレッスンもやってるから興味あれば是非。
次回は、今週の2月28日(日)
15:30-17:30 【プレゼントカード作り】
@西宮北口 大学交流センター(ACTA東館6F)

2010.02.13 Saturday

奥田ツルくん

小学生の頃、住んでいた一軒家は学校から150mくらいのところにあった。
そんなに近いのに、なぜか毎朝一緒に登校する同級生の友達が居た。
毎朝迎えに来てくれて、
いつも僕の身支度が終わるまで玄関あがりで待たされていた。
おかんが「今日もって行くものあった?」とその子に聞いて、
ずぼらな僕の忘れ物をいくつも助けてもらっていた。
ウチに寄らずにそのまま行けばあと数分で着くのに、
どうして嫌がりもせず一緒に登校してくれたのかと、今は不思議に思う。

その子は奥田くん (下の名前は忘れた) といって、
みんなからは”ツルくん”というあだ名で呼ばれていた。

どうして”ツルくん”かと言うと、
恐らく僕が名づけ親だと思うんだけど、
坊主に近い短い髪をしてて、
禿げてないんだけどツルッ禿げの”ツルッ”が由来。
そんなひどいあだ名をつけておいて ”くん” 付けも余計にひどい(笑)。
子どもは図らずして残酷な一面があるとは言え、
ツルくんの親御さんにとって
息子がそう呼ばれていることは複雑な気持ちだったろう。
大人しい性格で、クラスでもどちらかと言えば目立たないほうだったが、
テニスや水泳が上手で、
夏休みには毎年家族でグアムとか海外旅行に行ってたから
恵まれた家庭環境に居たんだと思う。
一方、僕はクラスのリーダー格で(自分で書くと厭らしいけど)
腕っ節は強くなかったが
先生からも同級生からも一目置かれる存在だった。
だから、いわばツルくんと僕は対象的な二人だったと思う。

そんなツルくんについて
ふとしたときに思い出すことがある。

小学5年生の時の自然学校。
「お互いの長所、短所を発表する」という特別授業があって、
僕はツルくんがパートナーだった。

そのときに僕がみんなの前で発表したことは
「手の爪が小さいのが短所。ツルくん、見せて」。

ツルくんは手の爪を噛む癖があって、
甘皮の部分が荒れていた。
そのせいかは分からないが、爪がとても小さかった。
それまで毎日顔を合わしていて爪の小ささが気になったこともなかったのに、
どうしてそんなことを突然言ったのか今でも分からない。

突然みんなの視線が集中したツルくんは、
恥ずかしそうに歪んだ顔をして、パッと両手を後ろに隠した。
僕もそのときになってようやく、
自分の言ったことでツルくんが傷ついたことを知った。


すっかり前のことだから、細かいところまで記憶がないけど、
自然学校から帰ってきても
卒業まで変わらずに毎朝一緒に登校していたことを思うと、
ツルくんはそんなひどい発言も赦して仲良くしてくれてたんだろう。

僕は中学から地元の公立ではなく私立に進んだから、
ツルくんとは卒業式以来、もう15年近く会っていない。
そのあとも”ツルくん”というあだ名で呼ばれ続けたんだろうか。
昨年、小学校の同窓会で懐かしいメンバーに会ったけど、
声をかけたのかかけなかったのか、そこにツルくんは来なかった。
僕も話題に挙げるのを忘れていて、今どうしているのか聞かなかった。

今会いたい気もするけど、
敢えて僕の”ツルくん”は、15年前の記憶のままに留めておきたい。

2010.02.11 Thursday

バーバーおりえ



みんなそれぞれ子どもの頃に、
「大人になって自分で稼ぐようになったら、こんなことやってやろう」
って考えてたことがあると思う。

例えば、僕のオトンは
「ヤクルトをサラダボウルいっぱいに入れてガブ呑み」したかったらしい。
あほやなー、と聞いてたけど、
僕にもそういうのがあることに最近気付いた。

それは・・・

散髪!

というのも、子どものときはもちろんオカンからおカネもらって行くんだけど、
僕みたいに短くても何千円も取られるから、
やっぱり1ヶ月に1度とかそんなペースだった。
別に意識して遠慮してたわけじゃないけど、
今は2週間に1度だから(それが頻繁すぎるか!?)
やっぱり遠慮してたんかもしれんなー、と思う。

しかも、オカンとケンカしてたりすると
その間はやっぱり言い出しづらいから、
散髪に行きたいけどおカネを頼む会話するのが嫌、
というめんどくさい場面もあった。


今は晴れて、自分の好きなときに髪が切れるようになった。
理想の2週間に1度!

とは言っても、実は
やっぱり1ヶ月に何千円ももったいないから、
嫁さんに洗面所で切ってもらってる。
(理由は半分嘘。
 いろいろわがまま言ってかゆいとこに手が届くから、という理由が大きい)


というわけで、
前はオカンとケンカしてたら髪切れなかったのが、
今は嫁さんに変わっただけかー。

 
2010.02.09 Tuesday

酩酊インド人

 

先週の北陸大雪の日に、酔っ払いインド人に会った。

富山から高岡までローカル電車に乗ったんだけど、
出発間際にダンボールとかボストンバックとか
大きな荷物をいくつも抱えた茶褐色の肌をしたおっさんが乗ってきた。

どこか遠くまで行くらしく、
車掌や乗客の高校生にいろいろ質問していたが、
言葉が通じずラチがあかない様子だった。
田舎のローカル線だから当然と言えば当然。
くたびれた服を着て、車内で目立っている。

僕はそのとき、大雪で仕事のアポに遅れててあまり余裕がなかった。
また、当初は離れた場所に座ってことと、
どこの国の人かも分からなかったこともあって関わる気はなかった。
(以前、インド人だと思ってヒンディ語で話しかけたら、
 バングラディシュ人だったりパキスタン人だったりして
 嫌な顔されたこともある。)

気が変わったのは、
しばらくしてその人の携帯電話が鳴った時。
まず、着信音がインドの流行曲だったから、おやっと思って、
「アッチャー、ティーケ」とヒンディ語を連発してたので、
この人はインド人だと確信した。

話しかけると案の定デリーからの出稼ぎ者で、
救世主に会ったような嬉しそうな顔をしてた。
そして、大荷物を抱えて隣に座ってきたのはいいが、

なんとっ!昼間からめちゃくちゃ酔っ払ってる!

ただでさえ分かりにくいインド英語がさらに意味不明で、
それでもようやく時間をかけて分かったことは、
これから静岡の掛川にいる友達に会いに行くとのこと!
富山⇒高岡⇒米原⇒名古屋⇒掛川 という日本人でもややこしいルート。

しかも、全てギリギリの乗り継ぎ時間で指定席がとってある(笑)!

高岡駅に着いたら、
隣のホームから米原行きの特急しらさぎはちょうど出るところだった。
「急げー」と酩酊ふらふらおっさんを肩にかけ、
汚いかばんやダンボールをいくつか引き受け急いだんだけど・・・、
やっぱりダメだった。
乗り遅れたことすら分からないおっさん。

と、そこへ、今度は大阪行きのサンダーバードがやってきた。
大雪で電車の運休が相次いでたから、これに乗せるしかないな、と思った。
もちろん、高岡⇒京都⇒掛川 というルートを説明する余裕はなく、
「電車に乗ってから車掌に聞いてくれ」と、
ドタバタしながら無理やりインド人を押し込んだ。

「オオサカ?WHY?」と繰り返す目の前で扉は閉まり、
ドナドナの牛のような悲しい目をした酩酊インド人を乗せて
サンダーバードは発車した。

結果として、親切だったのかどうか疑問。
多少の後味の悪さを残した久々のインド人との絡みだった。

p.s.
・名刺を渡したので、
 そのあと(苦情の?)連絡来るかと思っていたが、今のところ無し☆
・電車の中で「何かインドの歌は歌えるか」と聞かれたので、
 インド国家を歌ったら大喜びだった。周りの乗客は迷惑そうだった。
・おっさんが酔っ払っていたのは、間際の送別会でたくさん呑んだため。
 次の日に羽田からインドに帰る予定だった。果たして帰れたか・・(笑)。
2010.02.08 Monday

海燕の巣



昨日は、尾崎彦朔(ひこさく)氏にお会いした。
友達のおじいさんで満93歳!
中央アジアやロシアが専門の大学名誉教授で、
昔は新聞記者として海外特派員も務めたお方。

「座ると眠っちゃうから」 
お茶目なコメントとともに立ったまま2時間近くお話を伺う。

中でも
「国家と国家の戦いは終戦を迎えられるが、
 対テロリストとなると、そうはいかない」 という言葉が印象的だった。

ひこさくさんの脳みそが欲しい。

一昨日見たガイアシンフォニー(5番)で、ラズロー博士が言ったこと
「全ての歴史は目の前の空間の中に存在する。
 万物には相関性があり、全ての情報が記憶されている。」

時蔵という名前は、つくづく良いなと思いました。
2010.02.05 Friday

うちのせつぶん

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1日遅れで、ウチの節分。
帰り道にオリからメール来て、
「玄関の外に鬼のお面あるから、かぶって入って来て」。

後から聞くと、トキゾは
「鬼にお豆さんぶつけたら、『いたーい』って逃げていくかなー」
とやる気満々だったようやけど、

実際は、ガオーと入って行くと、トキゾもタラも大泣きだった。

隣の家の玄関前も豆だらけで、ほほえましかった。


2010.02.04 Thursday

すわっ



節分の昨日は飛騨高山に出張中だった。
地元の人に紛れて大衆食堂で呑んでたら、鬼が来た!

いいなー、こんな町。

鬼のほかに七福神や天女も居て、
飲食店や土産物屋を練り歩いて豆を配ってた。
化けてるのは、町内会の若者とか呉服屋の主人とか。

しかも、実はその七福神や天女とその大衆食堂で一緒に呑みました☆
夜の呑み屋回りが19時からだったようで、その前の小1時間くらい。
ばっちりメーキャップした顔で、
ビール呑んで湯豆腐喰ってるの見ると笑えた。
後から何も知らずに入ってきたお客さんは、ギョッとしてたよ。当然やな。

出張の時は一人で知らない町をぷらぷら歩いて、
ここぞと思う店にエイっと入るに限る。

今日はスーツのポケットに豆入れたままお客さんのとこ行く。
 
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